フロントミッション/第2次ハフマン紛争

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鷹の涙作戦
Eagle Tears
当時、U.S.N.が占領していたフォートモナース対する、O.C.U.軍による大規模侵攻・制圧作戦。キャニオンクロウの要塞攻略で本隊の前進の突破口が作られ市街へ侵攻。O.C.U.全軍の4割がフォートモーナス北西部の平原地帯に集結したといわれる。
列車砲
O.C.U.軍がモーガン要塞攻略、フリーダム奪回に向け配備。鉄道軌道を牽引によって移動させる超大型の野戦砲。口径1000mm(推定値)。ハフマン鉄道沿い、ウェイン山近くの山間部でU.S.N.軍部隊による奇襲を受け、紛争中の使用はなかった?。
モーガン要塞
別名、陸の戦艦「ランドデストロイヤー」。U.S.N.が対O.C.U.の監視所として建造した施設を、2代目の守備隊長であるザイバー・F・カークランド大佐が巨大要塞へと変貌させた。最下部には原子炉を備え、アポロン、ゼウス。アテナと呼ばれる3基の巨大砲の射程は10km。陸軍戦車師団特機中隊前衛防衛D要塞部隊第360機動守備戦隊が防衛の主戦力?。
IDによる捕虜管理
捕虜に認識タグとして生体素子を重要な臓器などに転写しIDとして利用する。捕虜収容施設にはIDを検知するセンサーと中継アンテナを設置し、また衛星などにもよって行動が監視される。
臓器への認識タグ転写には外科手術が不要。ID登録が済んでいる捕虜は、システムを利用し検索できる。
ハフマン危機
Huffman crisis
023
2086年にハフマン島で頻発したO.C.U.、U.S.N.両軍の衝突。両国が相次いで相手国の示威行動・挑発行為を非難する声明を発表。緊張が一気に高まったが、外交活動により大規模な衝突は回避された。
この慢性化した小規模な衝突は第2次紛争の遠因となった。

概況

  • 025、027
  • 時期:2090年6月3日(ラーカス事件発生日)~2091年8月9日(停戦日)

サカタインダストリィ社、O.C.U.、U.S.N.、ザーフトラ共和国及び恒平和調停機構の共謀によって引き起こされたハフマン島での大規模な武力衝突。ラーカス事件をその発端とし、U.S.N.のフリーダム進軍によりハフマン島全域での戦闘状態に突入。U.S.N.軍の優勢でメール河により隔てられていた国境は西へ移動した。1年余りの膠着状態の後、O.C.U.軍の傭兵部隊キャニオンクロウなどの活躍により同軍は国境を東に押し戻した。最終的に、O.C.U.軍がフォートモーナスに到達したところで、両国はPMOの介入を受け入れ停戦。世界はザーフトラ共和国及びPMOの行動を「正義の調停」と絶賛した。

しかし、紛争終結の1年後、2092年8月12日付のデイリーフリーダム紙は第2次ハフマン紛争がサカタインダストリィ、O.C.U.、U.S.N.、ザーフトラ共和国の組織的・計画的な紛争であったと報道。F・ランカスターの『祖国達の島』発刊などで真相究明の世論が高まり、2094年になってO.C.U.ではCISUの内部告発により関与を認め、U.S.N.も関与を認めた。ザーフトラ共和国は関与を否定したが、当時の大統領は辞任し、メルディフスキーPMO事務局長も辞任を表明。サカタ社は2094年に同じO.C.U.内のイグチ社に買収されている。

参考 サカタインダストリィ事件

項目別詳細

第1次ハフマン紛争

  • 022
  • First Huffman dispute
  • 時期:2070年~2072年

2070年、U.S.N.軍WAPの発砲を、O.C.U.が武力行使にあたるとし宣戦布告と認定。U.S.N.は操作ミスに起因する事故として武力行使を否定した。O.C.U.の開戦発表を受けたU.S.N.も戦争状態と認定し、前面紛争に発展した。ハフマン島の地下資源をめぐり衝突。

入植当時から、両国はハフマン島の地下資源と入植を巡り対立が続いており、紛争勃発の約1年は一触即発の緊張状態にあった。O.C.U.のハフマン島入植に関して、U.S.N.側は強固に反対しており、O.C.U.からの共存を求める会談の提案を拒否し続けていた。また世論調査ではU.S.N.国民意見の90%がO.C.U.追放に対して、武力行使も厭わないとの結果も出ている。

開戦後?、両国は水面下でECに調停を依頼していたが、ザーフトラ共和国が介入し、PMOの主導で2071年に両国間でハフマン条約が結ばれた。

2072年、U.S.N.劣勢の戦況でPMOの調停により紛争終結。メール河付近に国境を定めるというO.C.U.の案にU.S.N.が同意。フリーダムやペセタ近郊は非武装の緩衝地帯とされた。

この紛争によりヴァンツァーの汎用陸戦兵器としての評価が高まり、各国内で導入・配備が急速に進んだ。また、紛争後のハフマン島は、民間レベルでの越境交流が盛んになり、観光地としての開発が進められた。

ハフマン条約

  • 022
  • Huffman treaty
  • 2071年

1次ハフマン紛争中の2071年にU.S.N.とO.C.U.の間で締結された条約。モスクワで締結。

島内での核兵器・化学兵器など環境を著しく破壊する兵器全般の使用禁止、非人道的な兵器研究の禁止、島を二分割、資源の分配、を盛り込んだハフマン島に関する初の国際規定。

ロングリバース島についても、希少な海鳥と豊かな資源を保護するため、国際保護区域に指定、PMOによる管理、居住・戦闘行為禁止などを規定した。第2次ハフマン紛争においても遵守されたとされるが、ロングリバース島にはメタルワーカープロジェクトの開発本部となった大規模な施設が建造されていた。

ラーカス事件

  • 025
  • Larcus incident
  • 2090年6月3日

偵察任務にあったO.C.U.陸防軍機動部第17特殊偵察小隊所属WAP4機が、条約を破りハフマン島U.S.N.領に侵入。非戦闘区域であるラーカス地区のサカタインダストリィ社B.D.工場施設内でU.S.N.ニルバーナ機関所属第212独立部隊が戦闘。O.C.U.側の部隊には、両国間の政治的緊張を考慮し、戦闘行為は厳禁とする命が下されていた。

U.S.N.側の発表では工場の破壊により62名が死亡とされる。
この事件により両国の関係は急激に悪化し、第2次ハフマン紛争勃発の直接の起因となった。また、O.C.U.軍の動きに対するU.S.N.軍の反応が異常なまでに迅速であったことで、かねてから両国の衝突が計画的に行われたとの見解が出ていた。O.C.U.の偵察任務は陸防軍オルソン大佐によって立案・発動されている。
他の同様の施設爆破事件と比較して過熱ともいえるほど繰り返し報道され、研究施設ではなく軍工場と報道されていた。

ニルバーナ機関は、この戦闘で偵察部隊員のO.C.U.陸防軍中尉カレン・ミューアをマテリアル候補として捕虜としている。

ラークバレー壊滅

  • 025
  • 2090年6月21日

2090年6月21日午前11時半頃?、フリーダム南西部の小都市ラークバレーがU.S.N.軍の巡航ミサイルによる無差別攻撃を受け壊滅。1名の生存者を残し、数100人の市民が犠牲となったといわれる。

攻撃の目標となったのは街ではなく、マリア・パデレスらニルバーナ機関とO.C.U.輸送部隊間で行われていたB.D.用のマテリアル取引の証拠隠滅の攻撃である。マテリアルは消失。攻撃はウィンガー准将の指示による。
着弾直前にはO.C.U軍部隊.とU.S.N.軍リンクス小隊の哨戒部隊が交戦しており、グリーンフィールド陸軍少尉(当時)らがマテリアルとその輸送機材を目撃している。

ミサイル攻撃についてU.S.N.は「O.C.U.の補給基地を標的とした攻撃であり、犠牲者は基地職員である」と発表した。O.C.U.政府はこの無差別攻撃に対し、PMO人権委員会を通じてU.S.N.政府に抗議している。

ハフマンの魂

  • 027
  • Spirits of Huffman

ゲンツ・ヴィーザーが組織を率い、ソレイト近郊の廃セメント工場を活動拠点していた。
第2次ハフマン紛争がサカタインダストリィと3国の兵器開発の実用試験のための争いであることを早くから見抜き、サカタ社に抵抗していたハフマン島の民間武装組織。ハフマン島が国として独立するための活動もしていた?。一般からはテロリストともいわれたが、攻撃目標はサカタインダストリィのみで、一般市民には一切危害を加えたことはなかった。

紛争中、サカタ社のトラックを襲撃するなどしている(U.S.N.軍の護衛に阻まれ失敗)。紛争終結後は、PMO管理下にあったO.C.U.軍キャニオンクロウとの交戦を重ね、サカタ社会長襲撃を阻まれ、ジーン隊は撃破された。拠点を制圧された。

取材としてハフマンの魂と繋がりを得たランカスターが、キャニオンクロウとのパイプ役となり、ヴィーザーと軍から逃亡したキャニオンクロウが行動を共にし、PMOやニルバーナ機関部隊と抗戦を続けた。
ハフマンの魂に追われたサカタ社長がロングリバース島の極秘B.D.計画関連施設へ逃奔。施設内でクライブ、ヴィーザーらの部隊とドリスコル率いる部隊が交戦。クライブらがこれを撃破し、施設を爆破。
PMOはこの爆破について「ハフマンの魂の集団自決」とし、テロ活動が収束を公言したが、その後もPMO部隊とハフマンの魂の抗戦がハフマン島内で続いた。

経過

1. ラーカス事件~開戦

2088年 O.C.U.が太平洋で陸海空軍の大規模な軍事演習。
2089年?

O.C.U.海防軍がハフマン島海域で?軍事演習。それをカモフラージュにバリンデンに物資を搬入。

2090年5月下旬? メール河下流緩衝地帯でO.C.U.南部第2地区警備隊、O.C.U.軍(クライブ大尉ら)とニルバーナ機関所属の部隊(グリーンフィールド少尉ら)が交戦。大きな衝突には発展しなかった。
2090年6月?

U.S.N.領ラーカス地区の偵察を目的とするO.C.U.陸防軍機動部第17特殊偵察小隊を乗せた小型潜水艦がメナサ市を夜間に出発し、フォートモーナス市沖合30キロ地点まで移動。部隊は偽装船舶に乗り換えて上陸。

2090年6月3日

ラーカス事件事件発生。
O.C.U.軍偵察小隊のヴァンツァー4機が、ラーカス地区のサカタインダストリィ社B.D.工場施設内でU.S.N.ニルバーナ機関所属第212独立部隊と戦闘。

U.S.N.国防省長官はラーカス地区工場爆発について、O.C.U.軍偵察部隊の襲撃のよる疑いが極めて強いとする旨を発表。大統領は緊急国防会議を召集した。
O.C.U.連合国防長官は記者会見にて、この事件はU.S.N.の狂言であり、O.C.U.は一切関係していない事実無根の冤罪であると言明した。また、U.S.N.が武力行使に訴えた場合、O.C.U.政府として相応の対応するとしながらも、平和的解決を図りたいとの見解も示した。

即日?、U.S.N.大統領は開戦を宣言。

2090年6月4日

一連の行為を宣戦布告と見なしたU.S.N.政府は、O.C.U.への報復攻撃と侵攻作戦開始を決定し、ハフマン島方面司令部に戦闘準備を指示。U.S.N.派遣軍司令官ウィンガー准将から各軍に対し、事実上の第2次ハフマン紛争開戦となる戦闘命令が発令された。
この発令後、U.S.N.軍は国境付近に軍を展開し、O.C.U.メナサ地区で上陸を開始。O.C.U.軍もこれに即応。

U.S.N.軍は6日後のフリーダム侵攻作戦に合わせ、第2師団を中心とした3個師団がフォートモーナス、ソレイトから、ペセタ近くの前線基地に集結を開始。

O.C.U.軍がU.S.N.軍の空挺部隊攻撃に備え、防衛ライン設営開始。

2. U.S.N.軍侵攻作戦~U.S.N.軍フリーダム制圧

2090年6月10日

午前9時、U.S.N.軍3個師団が4陣に分かれて進軍し、フリーダム侵攻作戦開始。

U.S.N.陸軍第344大隊112特機中隊リンクス小隊が、移動中のO.C.U.軍所属重戦闘ヘリの迎撃に成功。

U.S.N.軍リンクス小隊が強襲別働隊となり、同軍空挺部隊の侵入の妨げとなるO.C.U.軍防衛レーダー施設(ロクスタ砂漠西岸第3地区)の制圧、及びロクスタ砂漠西岸第3地区の対空部隊を撃破した。

U.S.N.軍リンクス小隊がO.C.U.軍の襲撃を受けている第7輸送部隊を援護。輸送車両は戦域から離脱、無事に帰投。

ルーピディスからのWAP大隊1個師団が高高度空挺強襲でO.C.U.のフリーダム防衛線に到達。U.S.N.軍地上部隊との挟撃により、O.C.U.軍の防衛線は崩壊。第48防衛部隊など敗走した一部の部隊がフリーダム中心部へ撤退。O.C.U.軍の残存兵力は市庁舎を中心に徹底抗戦の構えを見せた。

2090年6月11日

13時、U.S.N.軍によるフリーダム市内O.C.U.軍掃討作戦が開始。
第64機動戦隊が突破口を開き、本隊(第334大隊?)が進軍。U.S.N.軍の市庁舎包囲により、フリーダム市長がO.C.U.軍に投降を呼びかけ、U.S.N.軍はフリーダムをほぼ制圧。

第64機動戦隊はその後も掃討戦を継続。U.S.N.内部では、必要十分でない戦力による制圧成功に、意外な結果であるという見解を持つものもいた。

フリーダム陥落により、実質的な国境線はロクスタ砂漠南端へ移動。O.C.U.の国境警備部隊が新設の?前線防部隊に再編。

2090年6月12日? 朝、U.S.N.軍がフリーダムを完全制圧。
  フリーダム近郊にあるサカタインダストリィ支社で、ハフマンの魂の武装部隊が同社の輸送車両に対し襲撃を試みるも、U.S.N.軍リンクス小隊がこれを排除。
2090年6月21日 午前11時30分頃?、フリーダム南西部の小都市ラークバレーがU.S.N.軍の巡航ミサイルによる無差別攻撃を受け壊滅。
着弾直前にはO.C.U軍部隊.とU.S.N.軍リンクス小隊の哨戒部隊が交戦しており、グリーンフィールド陸軍少尉(当時)らがマテリアルとその輸送機材を目撃している。

3. ハフマン島中央地域激戦期間

「ハフマン島中央地域激戦期間」とはU.S.N.軍制圧後フリーダム後、O.C.U.軍フリーダム奪回前までの1年余りの期間。FMOの舞台となっている時期でもあるので、ゲーム内の特別任務中で重要と思われるものも含んでいる。
地図上の「激戦区」はFMOで激戦区が5エリア設定されていた頃の下図を反映させた参考程度のもの。

 

ロクスタ砂漠を挟んだ両陣営間で膠着状態が長期(1年?)に渡って続いた。

O.C.U.連合国防省が本土より大幅なWAP部隊の投入を発表。

総司令部に常駐する陸海空軍3軍に配備されたWAPの8割をハフマン島派遣部隊として再編成し派兵。

U.S.N.国防総省は、ハフマン島への派遣が目的とするU.S.N.陸軍WAPパイロットを緊急募集。

2090年8月?、O.C.U.陸防軍の暁愚連隊がU.S.N.領内?でO.C.U.政府高官別荘奪還作戦を実行。駐屯していたU.S.N.軍部隊は壊滅。

O.C.U.軍アイアンハーツ、U.S.N.軍プラウドイーグルスでB.D.マテリアル確保のため、欠員補充を装ったWAPパイロット登用試験が行われた。

所属不明の電子兵装部隊によるWAPパイロット拉致が多発。被害者数名はは同部隊の仮設駐屯地で第5師団特務小隊により数名が保護された。残りの拉致被害者パイロットは、重戦闘ヘリで移送途中に、U.S.N.陸軍第17機動戦隊により撃墜された。
U.S.N.軍でも同様の事件が発生し、移送任務中の重戦闘ヘリがO.C.U.軍カズムオウルズに撃墜された。

新型兵器破壊任務でO.C.U.軍特務機関カズムオウルズ全滅。
新型兵器破壊任務でU.S.N.陸軍第17機動戦隊解体。

両軍がフリーダム攻防戦にB型B.D.搭載機の大量投入を計画。
O.C.U.軍はニューミルガンの孤児院からグレイロック病院へB.D.マテリアルを移送中に、同軍少尉アルフレッド・バルフォアが率いる部隊の襲撃を受けて輸送部隊は壊滅。
マテリアルは同軍大尉マルコム・オブライエンらを首謀者とするマテリアル候補者を亡命させる計画を企てていたアイアンハーツによって回収された。両名は正規軍の追撃により死亡したが、マテリアルは島外へ逃亡した。
U.S.N.軍内でも同様の事件が発生し、ニルバーナ機関へ移送中のマテリアルがプラウドイーグルスの手引きにより島外へ逃亡。

B.D.に関連する軍内で発生した一連の事件・事故、情報工作についてO.C.U.・U.S.N.両軍とも軍法務局監察官による調査が行われた。

2091年6月末?、日防軍陸上部隊の精鋭約300名がハフマン島へ派兵。O.C.U.正規軍と合流し、反攻作戦参加準備。

U.S.N.領内の各地でラーカス事件犠牲者の慰霊式典。

O.C.U.軍がキャニオンクロウを編成。

バリンデンの東に広がる密林地帯にU.S.N.軍戦車師団特機中隊単員機動部隊第16侵攻O.C.U.先遣戦隊が侵入。O.C.U.軍キャニンオンクロウガこれを排除。

ニューミルガン市北東30マイル地点の山腹に、サカタインダストリィ製新型ミサイルランチャーを載せたO.C.U.軍小型輸送機がエンジントラブルで墜落。キャニオンクロウとU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊単院機動部隊第529機甲偵察団が交戦。キャニオンクロウがこれを撃破し、積荷を回収。

ニューミルガン・フリーウェイ上でO.C.U.陸防軍第1軍輸送師団小隊がU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊単員機動独立小隊第56特殊戦隊により襲撃を受けるが、警護中のキャニオンクロウがこれを迎撃。輸送部隊は、軽度な損害を受けつつも目的地のメナサへ到着した。

O.C.U.軍立グレイロック病院がニルバーナ機関所属第212独立部隊により襲撃を受け、O.C.U.軍前線都市防衛隊が応戦。O.C.U.軍部隊劣勢の中、キャニンオンクロウが同部隊に合流し、ニルバーナ機関部隊を駆逐。病院からマテリアルを移送完了した同部隊は、病院を爆破し撤退した。その戦闘とほぼ同時刻、偵察活動を行っていたU.S.N.軍リンクス小隊とO.C.U.軍防衛部隊がグレイロック近郊で交戦。U.S.N.軍がこれを撃破。

U.S.N.軍がO.C.U.の列車砲3基空挺部隊を中心としたウィリーウィリー作戦を展開。

2091年7月23日 14時、フリーダム南西14キロ、ロクスタ砂漠でU.S.N.軍偵察部隊214部隊とO.C.U.軍偵察部隊が交戦。
FMOでウィリーウィリー作戦。作戦が行われた正確な時期は不明。

4. O.C.U.軍フリーダム奪回作戦~ペセタ・ベルチカ制圧

2091年7月30日

8時、U.S.N.軍(214部隊)がO.C.U.軍のフリーダム侵攻に対し、第一級戦闘戦闘態勢に入る。
フリーダム市街に侵入したO.C.U.軍殲滅任務とする遊撃部隊として214部隊を市内に配し、最終防衛ラインには64機動戦隊を基幹とする防御部隊の主力を配置した。リンクス小隊には陽動部隊として、O.C.U.軍機動部隊をブラックハウンド隊の待機する迎撃エリアに誘い込み、各個撃破する命が下った。それら以外の侵入は各エリアの小隊が対応。1週間後にU.S.N.軍に援軍が到着の予定。

O.C.U.陸防軍・空防軍合同のフリーダム奪回作戦開始。

 

O.C.U.軍キャニオンクロウが前線支援遊撃部隊として、フリーダム市南東100キロ地点に展開するU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊前線都市防衛部隊第268防空連隊の対空ミサイルランチャー車両部隊を排除。どう地点の上空を空防軍爆撃機?が通過。

U.S.N.陸軍第3師団特殊情報中隊所属の偵察部隊が、フリーダム近郊でO.C.U.軍が極秘配備したフリーダム攻略用新型兵器を発見。兵器破壊を試みるも、兵器護衛緊急出撃したO.C.U.軍キャニオンクロウがこれに応戦し、U.S.N.軍部隊は撃破された。

ハフマン鉄道沿い、ハフマン第1ハイウェイ高架道路の山間部でO.C.U.軍部隊と交戦中の陸軍第3師団特殊情報中隊所属のジーナ伍長を援護。

U.S.N.軍リンクス小隊がフリーダム近郊の山中に配備されていたO.C.U.軍の列車砲を無力化。

フリーダム周辺に展開するU.S.N.軍防衛部隊に対し、O.C.U.による空爆が始まり、まもなくO.C.U.軍陸防軍第1軍による地上戦開始。

O.C.U.軍の1回目の総攻撃。U.S.N.軍は64機動戦隊を有するフリーダム東部防衛線は保たれたが、同ラインを回避し西側に迂回したO.C.U.軍部隊が市街へ侵攻。

2091年8月1日

11時、U.S.N.軍前線基地でO.C.U.陸防軍第1軍機動師団中隊とU.S.N.軍64機動戦隊が交戦するも、O.C.U.部隊は壊滅。直後、O.C.U.軍キャニオンクロウが64機動戦隊を撃破し、東部防衛線が崩れ始める。

U.S.N.軍ブラックハウンドが応戦するが、制空権を奪ったO.C.U.軍による空爆が始まりO.C.U.軍優勢は変わらず。

U.S.N.軍214部隊とO.C.U.軍迎撃機動隊が交戦。U.S.N.軍がこれを撃破。

2091年8月2日

16時、U.S.N.軍本営はフリーダムからの撤退命令を出す。
防衛隊全軍はメール河またはペセタ前線基地まで撤退開始。O.C.U.軍キャニオンクロウとU.S.N.軍リンクス小隊が遭遇するも交戦はなし。

O.C.U.軍がフリーダム市街をほぼ掌握。
夜、O.C.U.軍キャニオンクロウがノース・フリーダムのU.S.N.軍残存部隊・陸軍戦車師団特機中隊前線都市防衛部隊198特殊小隊を排除。

O.C.U.空防軍実略部攻撃戦術航空団が撤退中のU.S.N.軍部隊を追撃。再編成されたO.C.U.軍部隊がフリーダム東部に展開を始める。

2091年8月3日

ウェイン山系メール河上流域のダムで、U.S.N.軍部隊がダム施設破壊をするためステルス爆弾の設置作業を行うが、O.C.U.軍キャニオンクロウは設置作業部隊を掃討し、爆弾を撤去。

U.S.N.軍リンクス小隊がウェイン山でフリーダムからの避難市民と部隊を発見。市民らは北部海岸で回収されベルチカへ移送された。

ペセタ西方にある資源プラントでU.S.N.軍リンクス小隊とO.C.U.軍部隊が交戦。

ラークバレーで現地調査中のO.C.U.軍キャニオンクロウとU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊単員機動部隊第12機甲軽偵察戦隊が戦闘。O.C.U.軍がこれを撃破。O.C.U.軍が生存者オドネルを保護。

ラークバレーの北に集結中のU.S.N.軍補給部隊・陸軍戦車師団特機中隊単員機動戦隊第76戦闘支援戦隊をO.C.U.軍キャニンオンクロウが撃破。

堅固な守備でO.C.U.軍戦車師団の進軍を阻むU.S.N.軍国境警備隊に対し、O.C.U.軍キャニオンクロウが警備隊を渡河作戦により強襲、制圧。O.C.U.軍戦車師団とキャニオンクロウによる挟撃でU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊国境警備部隊第438機甲守備戦隊を排除。

O.C.U.軍がメール河を完全制圧。U.S.N.軍司令部はメール河とペセタを結ぶ街道沿いに迎撃ラインを設定。

2091年8月4日

O.C.U.軍はベスク川の山岳装甲鉄道鉄橋を爆破。この爆破作戦でO.C.U.軍キャニオンクロウとU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊都市防衛隊891都市警備機動小隊が交戦。この鉄道を使って戦線を後退させていたU.S.N.軍(の一部?)は分断され退路を絶たれた。

O.C.U.軍はペセタ国境線を越え ペセタ市街に侵攻。
18時、U.S.N.陸軍機甲師団214部隊とO.C.U.遊撃機動隊が交戦。U.S.N.軍がこれを撃破。
(数日間の?)膠着した攻防戦の後、O.C.U.軍本隊がペセタを制圧。

O.C.U.軍の奇襲部隊と主力部隊を欠くU.S.N.軍都市防衛部隊がベルチカで交戦。B.D.を搭載したU.S.N.軍所属WAP90式試作機の暴走・擱座により搭乗員のコノリー少尉は死亡。

21時?、O.C.U.陸防軍戦車師団がベルチカを制圧。臨時司令部を設置。

ファートモーナス市の攻略作戦「イーグルティアズ」を発動。
フォートモーナスの西120キロにO.C.U.陸防軍第1軍歩兵師団が駐屯基地を設置。

 

駐屯基地へ移動中のO.C.U.軍キャニオンクロウがU.S.N.陸軍戦車師団特機中隊前線防衛部隊特殊小隊第76機動戦隊がパルンタ砂漠で交戦。O.C.U.軍がこれを撃破。

ルーピディスに向かうU.S.N.軍所属グリーンフィールド陸軍少尉が率いる部隊とニルバーナ機関部隊が交戦。少尉はU.S.N.軍規律違反、命令不服従で拘留された。

O.C.U.軍本部からの緊急指令により、キャニオンクロウがニルバーナ機関施設から脱走したヤン・イーヒンをフォートモーナス西の山林で保護。ニルバーナ機関部隊と交戦。

5. O.C.U.イーグルティアズ作戦~停戦

2091年8月9日

U.S.N.軍はモーガン要塞を要としてフォートモーナスに絶対防衛線を築く。B.D.搭載のWAP90式試作機を3機を陸軍戦車師団特機中隊前線防衛D要塞部隊第360機動守備戦隊とともにモーガン要塞に配置。

O.C.U.陸防軍第1軍主力部隊は進軍を試みるも、モーガン要塞巨大砲塔の攻撃により?退去。続くキャニオンクロウが要塞に潜入し、砲塔を破壊、守備戦隊を排除。これにより主力部隊は再進軍。

U.S.N.軍は全部隊?をフォートモーナスに投入し始める。

O.C.U.部隊の一部?が孤立化するも、フォートモーナス郊外地区へ進入した部隊が市街へ向けさらに進軍。

O.C.U.軍空防軍によるイーグルティアズ作戦第1波完了に続き、第1軍空挺師団と機動師団による第2波が開始。第1波の後も市街地に点在するU.S.N.軍都市防衛部隊に対し降伏勧告・壊滅作戦が行われる。

10時、U.S.N.陸軍機甲師団214部隊とO.C.U.軍U.S.N.機動戦隊が交戦。U.S.N.軍がこれを撃破。

最大激戦区のN地区ではシーキング型を擁するU.S.N.軍第16小隊とO.C.U.軍キャニオンクロウが交戦。O.C.U.軍がこれを撃破。

13時、U.S.N.陸軍機甲師団214部隊と都市制圧仕様のグローニング型グランテス有するO.C.U.軍機動戦隊がフォートモーナス市街で交戦。U.S.N.軍がこれを撃破。

フォートモーナス東の山岳地帯でO.C.U.軍キャニオンクロウとU.S.N.軍陸軍戦車師団特機中隊前線都市防衛部隊第52単員機動小隊が交戦。交戦中に紛争集結が発令された。

16時、停戦。
島の4分の3を制圧したところでU.S.N.側が条件を受け、ザーフトラ共和国の調停案を両国が受諾。第2次ハフマン紛争は終結。

  ハフマン島駐留の両軍は、平和調停軍としてザーフトラ共和国の管理下へ。島東部で平和調停軍とハフマンの魂による交戦が続いた。

上掲の表は、5thのタイムラインを軸に、各タイトル・コミックでの流れを統合し再構成したもの。5thと1st(特にO.C.U.サイド)の間で、前後関係が不明瞭なところもあるが、戦況を考慮し補った。
1stのゲーム本編ではO.C.U.・U.S.N.両サイドともに、紛争終結後もストーリーは続き核心に迫っていくことになるが、ここでは紛争の詳細が趣旨であるので、ロイド、ケビンについての「その後」には触れていない。
地図に示した境界線及びその推移状況は参考程度のもの。

DS版1stのO.C.U.サイド・追加Mission4は未掲載とした。これはミッション出現の時期がMission22(ハフマンの魂本拠地戦)の後、つまり紛争終結後でありながら、ミッションの内容はフリーダムから敗走するU.S.N.軍部隊との戦闘であるため。また「坂田会長のヘリ警備」も省いた(詳細は次項)。

5th劇中で出来事の日時が明示されたことにより、キャニオンクロウの作戦が超過密であることが判明。O.C.U.のフリーダム反攻以降、10日余りで10数回のミッションをこなしている。DS版ではさらに追加ミッションもある。タフ過ぎる。
もうひとつ。ゲーム本編でのキャニオンクロウはMission16でシーキング型を倒した後、20時から坂田会長の警護を行い、Mission18で残存部隊追撃するという流れ。フォートモーナス侵攻から停戦は1日で終わるため、16時の停戦後に護衛をこなし、再び昼間の戦闘(M18)で停戦の知らせを受ける演出は厳しい。
1stでは、フォートモーナス侵攻から停戦まで、最低2日必要とするストーリーになっているが、5thではずいぶん駆け足な展開のようだ。

U.S.N.軍がハフマン島での紛争に躍起になったのはわけがある。ラーカス事件直前に、政府は反政府組織「自由の星」の完全壊滅作戦に失敗し、首謀者を捕り逃した。これをハフマン紛争で名誉挽回しようという意図があった…というのは考えすぎか。